ROLFING® STUDIO WEAVE

ロルフィング スタジオ・ウィーブ

 HAYASHI NOZOMU

作家 林望ロルフィング 体験記

Hayasi nozomu

1949年東京生まれ。作家・書誌学者。慶應義塾大学卒業、同大学院博士課程修了。ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授等を歴任。
専門は、日本書誌学・国文学。ケンブリッジ大学やロンドン大学の日本文献書誌を編纂。
『イギリスはおいしい』で日本エッセイストクラブ賞受賞
「ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録」で国際交流奨励賞受賞
『林望のイギリス観察辞典』で講談社エッセイ賞を受賞
エッセイ、小説の他、歌曲等の詩作、能楽、自動車評論等、著書多数。
http://www.rymbow08.com/

 
1.私とロルフィング 

ロルフィングという施術については、もちろん私はそういうものがあることすら知らなかった。それがたまたま、旧知の能楽師安田登君と話をしていたときに、 彼がロルフィングという技術の資格を取得したということを聞いた。聞いたって、それが何だか、まるで分からない。ただ、「なんなら、ためしにちょっとやってみますか」 みたいなノリで、一回だけ施術を受けた、それが私とロルフィングの劇的邂逅なのであった。 
 もともと私は18歳のときにラグビーで腰を痛めて以来、ずっと腰痛が宿痾となっていて、それが次第に悪化し、五十歳になるころには、ねんじゅうステッキをついてあるくほどに悪化していた。そうして、この腰痛は、もう一生、決して治らないものと諦めてさえいたのだ。  もちろん、鍼灸、整体、カイロ、マッサージ、いろいろな療法は普く試みていたし、しかもそのどれもが一時的な軽快をしか齎さなかった。 
 だから、ロルフィングといっても、始めから信じてもいないし、たいして興味もなかったのだが、ほかならぬ安田君の勧めだから、ちょっとだけやってみるか、という気になったのである。物は試し、いわゆる「だめもと」というやつである。 
そして一回だけのお試しセッションを受け、私はまもなく地方公演の仕事に出かけた。九州で歌を歌う仕事だったのだが、これがリハから本番までずっと立ちっ放しのせいもあって、終わった頃にはもうすっかり腰が痛くなり、歩くのもおっかなびっくりという有様に陥った。そのとき私はふと思い出した。安田君が、こう言っていた事を。 
 「腰が痛くなったら、私がお教えした姿勢と歩き方で、せいぜい歩いてください。そしてたくさん水を飲んでください」 
 そこで私は痛む腰をさすりながら、夜の町を二時間も歩き回った。しかし、腰痛が治る様子もない。諦めて私はそろそろとベッドに這い込み、もしや明日は動けなくなって いるのではないかと恐怖しながら眠った。ところが翌朝起きてみると、不思議なことに腰痛が驚くほど治まっている。経験上そんなことは嘗てなかったことだ。何やら狐につままれたようだった。 ここにおいて私は、ロルフィングは、もしかしたら特別の効果があるかもしれない、と思い当たり、それから、所定の10セッションを受けることにしたのだった。  
 二週間に一度くらいの割合で、10セッションを終えてみると、ほんとうに不思議なくらい腰痛が消えてしまった(正確には四回目くらいでもう腰痛は事実上消えうせていた!)。こんなことがあるんだろうか、と私はほんとうにびっくりしたものである。
  そうして、それまでのいろいろな治療法と違うのは、その治り方が、なんといったらいいのだろうか、「痛みが治まっている」というのではなくて、「あ、痛みのない暮らしはこんなに楽で気持ちのよいものだったか」と、痛める以前の青年時代を思い出すような、ここ数十年のあいだ、いつも腰痛を意識しながら暮らしてきた感じとは全然ちがった、「腰痛を忘れている自分」に気付いたのである。
  それまでは、たとえ痛くない時でも、朝起きてベッドから降りるときには、かならず腰が動かない、なんとなくギクギクするような感じがあったものだが、それがまったく消えてしまった。たとえて言えば、錆びてぎしぎししていた歯車に油をさしたら、するすると動くようになった、とでもいうような感じだろうか。  まことに、不思議とも有り難いとも、なんとも言えないものがある。
 どうして、あれほど悪かったおまえの腰が、そんなに良くなったのだ、と聞かれることがある。
 私はもちろん「ロルフィングを受けたからだよ」と答える。
 すると、「ロルフィング」とはなんだ、と誰もが尋ねてくる。
 さてそこで私ははたと困ってしまう。非常に説明しにくい技術だからである。筋膜に働きかける手技だなんて言っても、それだけでは何のことか分からない。体全体を重力に最もマッチするように調整し直すのだと説明しても、やっぱりろくに分からないだろう。マッサージやカイロとどう違うのかと言われて、これも説明に窮するというものである。 ロルフィングは、ただ受動的に施術を受けるのではなくて、ロルファーの指示にしたがって、こちらも適切に息を使ったり、筋肉を微妙に動かしたりしながら、同時にロルファーが筋膜に対して手技を以てはたらきかけるというスタイルの施術である。そして、能動的な側面と受動的な側面が、ぴったりと一致したとき、そこに思い掛けないような効果が現われるとでもいおうか・・・。
 「そりゃ、痛いんじゃないのか」ともよく聞かれる。が、実際にはちっとも痛いということはない。といって、西洋のマッサージのように、ふわふわと表面を撫でさするというのでもない。指圧のようにぐっと押すというのともまた違う。
 ロルフィングをする人は、まず徹底的に解剖学を学ばなくてはいけない。というので、これがきわめて合理的な科学性に基づいて行われていることは、受けていてもよくわる。
 難しい事は結局わからないし、そのメカニズムがどこまで科学的に解明されているのかも、私は良く知らないけれど、しかし、たしかに10回のセッションを受けたあとでは、体の姿勢も、歩き方も、柔軟性も、まったく変ってくる。
 私はよく「背が高くなったのではないか」などとも言われることがあるが、それはもちろん誤解である。しかし、姿勢が変って、さっそうと、猛烈な早さで歩けるようになったので、そういう感じがするのかもしれない。
  今では、私はステッキなどとはまったく無縁の生活で、毎日、フツウの人が小走りするくらいの速度で一時間も歩き回る。しかし、腰が痛くもならないし、息も切れない。
 むしろ、多少体調の悪いときは、このロルフィング的な歩行を励行することによって体調がぐっと好転したりするから面白い。  
ロルフィングは、ほかの整体法などと違って、この10セッションをちゃんと受けておくと、その効果がずっと持続する。これが私たちにはもっとも有り難いところである。
 しかし、そうは言っても、たとえば、病気でしばらく寝ていたとか、道で転んでひどく腰をひねったとか、そういうアクシデンタルなことは常に起る。そういう場合は、 やっぱり腰が痛くなることが避けられないが、しかし、その都度に補足的部分的なロルフィングを受けると、またもとの平衡的な安定に戻り、易々と気持ちの良い日常に復帰することができる。
 私の場合は、最初の10セッションは安田君に受けたが、その後は、安田君の超多忙ということもあって、もっぱら中村直美さんに施術を願っている。 ロルファーといっても 、それぞれの人に特色があって一様でない。手の固い人、柔らかい人、力の強い人、弱い人、いろいろである。やりかたも基本はきちんとロルフ研究所の方法に従って決まっているのだが、実際には、(私はほかにも数人のロルファーに施術をしてもらった経験がある)人によって微妙にやりかたが違う。ロルファーとクライアントの相性 のようなものもあるように思われる。
 だからお試しを何人かに受けて、そのなかで自分の体に一番合いそうなロルファーを見つけるのも一つの方法である。ただ、私の経験からいうと、中村さんの施術は非常にソフトでありながら、正確に患部に働き掛けてくるという意味で、きわめて高度なものをもっておられる一級のロルファーである。
 ある意味では、ロルフィングというのは、目に見えぬ体の内部を、解剖学の知識と手の感覚で探索し、その不具合を治していくのだから、そのアプローチも人により症状により千差万別というところがある。ロルファーに想像力があるかどうか、臨機応変に状況に対応できる能力があるかどうか、それもまた大切なところである。こういう点でもまた中村さんは非凡なものをおもちである。
 最近では、中村さんは、ロルフィングより更に一段高度な「ムーブメント」という技法を身に付けられたが、これは、ロルフィングよりもさらに能動的で、いっそう自然な もの。その名のとおり、体の動きを能動的に調整することで、自然に楽に、狂った部位が正常に復していくのを助けるのである。これだと、ロルフィングよりもいっそう当たりの柔らかい施術なので、よほど皮膚や筋肉が過敏な人にも受けやすく、副作用が少ないように思われる。私などは、皮膚がアトピーで、接触性の蕁麻疹があるので、こういうソフトな施術で効果が得られればほんとうに有り難いのである。
 ともあれ、なにごとも百聞は一見に如かず、物は試しというものだから、ぜひ一度セッションを受けてごらんになることをお勧めするゆえんである。
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